すみよしじんじゃ
2021年3月6日 15:00 御参拝
御祭神 底筒男命 そこつつのおのみこと
中筒男命 なかつつのおのみこと
表筒男命 うわつつのおのみこと
神功皇后 じんぐうこうごう
酒見神
大歳神 おおとしのかみ
八幡神 やはたのかみ
― 47話 ― と ― 49話 ― で播磨国の一宮、二宮と巡ってきました。
住𠮷神社といえば海の神様である 〝底筒男命〟 〝中筒男命〟 〝表筒男命〟
そして 〝神功皇后〟 が主祭神(住吉大神)となっており、航海の神様とされている
ので、お祀りされている場所は海沿いに多く見られます。
・・・が、加西市の住吉神社さんは海岸から約20㌔も離れています。
創建が717年なので、今から1300年程前の地形はどうだったのでしょうか?
時代は奈良時代、今とあまり変わらぬ地形だと思います。
今日はお日様も顔を出さず小雨が降ったりとあいにくのお天気。
手水舎・・水は流れてなかったです。
鳥居をくぐると目の前にこんもりとした・・こんもりとした・・・塚?があります。
何と言ったらいいのかわからなかったのですが、〝勅使塚〟というみたいです。
今でも行われているのかわかりませんが、闘鶏や龍王舞などの神事が行われる場所だそ
うです。
〝住吉大社神代記〟(731年)には住吉大神の宮〝九箇処に所在り〟と書かれてある
のですが、ここ加西市の住吉神社がその九社の中の一社となっています。
この神社、古くは酒見大明神・酒見神社と呼ばれていたらしく明治時代に県社に列格さ
れた際に現在の神社名に改められました。
ひょとして、主祭神は〝酒見神〟かもしれないですね。
小さな狛犬様。
大きま狛犬様。
この拝殿、風格ありますよね。
拝殿に三本の鈴緒があります。 〝中筒男命〟 〝底筒男命〟 〝表筒男命〟 でし
ょうか?
そして、本殿は大規模な住吉造の建物が三棟並んでいました。 1851年に再建
拝殿と幣殿と本殿が三棟。(本殿が二棟しか見えていない・・)
由緒―養老元年(717年)老翁老媼の神様が五王子を伴って鎌倉山に来られました。
随従していた佐保神は北条へ行くように勧め、その途中神宝を盗んで、川東へ逃げまし
た。この佐保神が祀られ佐保神社になりました。
その後、翁と媼は王子を伴い北条に来られて、北条に六町歩の門田を持つ山酒人に宿泊
を願い出ました。
酒人は手厚くもてなした後、神である証拠を見せてほしいとお願いしました。
すると、翌朝には六町歩の門田が悉く平地となり、苗が大きな松に変わりました。
ここに山酒人が神殿を造り祀ったのが住𠮷神社(当時は酒見神社)だと言われていま
す。― これを読むと住吉大神というより、この五王子が気になります。
別の記事では、山酒人が酒見神(地元神)と住吉四柱の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。 と簡単に紹介してくださってました。
拝殿・幣殿・本殿の周辺を見て回ると四隅にそれぞれ小さな社殿があります。
拝殿を正面に見て左右に、南向きの社殿がそれぞれ建てられており、本殿を後方から見
て左右に、東向きと西向きにそれぞれ社殿が建てられています。
北向きの社殿はなかったですが、何か意味がありそうですね・・・
この住𠮷神社の御由緒も、度重なる火災や戦乱により当時のものは残っておらず、現在
の御由緒は社殿が創建されてから600年~900年後に書き記されたもののようで
す。 1300年の歴史を持つ神社ですが、半分の歴史が失われてしまってるのです
ね。 残念だな・・・
今回は、播磨国三之宮 住𠮷神社でした。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!