LIFE LOG(今日の夢はどんな夢?)

今日の夢はどんな夢?

記憶から消えない夢達を現実に追ってみた・・・

― アワヒメを追って 132話 ―

― 比治山神社  ―

       ひじやまじんじゃ

 

2022年5月10日 10:30 御参拝

広島県広島市南区

御祭神  大国主神 おおくにぬしのかみ

     少名毘古神 すくなびこなのかみ

     市杵島比売神 いちきしまひめのかみ

     須佐之男神 すさのおのかみ

     車折大明神 くるまざきだいみょうじん

 

そうそうたる御祭神の中に、はじめてその御名を聞く神様〝車折大明神〟とはどんな神

様なんでしょうか?

 

調べてみると、第80代天皇である高倉天皇の侍読(天皇の側に仕えて学問を教授する

学者)にもなった、平安時代後期の儒学者天武天皇の皇子である舎人親王の御子孫、

清原頼業という人物が没後〝車折明神〟として祀られるようになったようです。

相当な才能の持ち主であったようで、大外記という職を24年務め和漢の学識と実務の

手腕は当代無比といわれ、晩年には九条兼実から〝その才、神というべく尊ぶべし〟と

称えられたのでした。

京都市右京区嵯峨朝日町にある車折神社主祭神として祀られており、また境内社の芸

能神社は芸能関係者に尊崇されており有名な神社であるようです。

 

どのような経緯で、比治山神社にお祀りされるようになったのでしょう?

 

一の鳥居。

 

狛犬様・・・安産・厄除祈願として撫でてくださいと書かれています。

 

 

奥の狛犬様は、構え型です。

 

 

そして、きれいな手水舎。

 

二の鳥居。

 

落着きのある拝殿です。

 

二礼二拍手一拝・・・お願い事は特にないので感謝のみ申しあげました。

 

この神紋は〝亀甲の中星〟と呼ばれています。

外枠が亀甲なので出雲系・・中心の五芒星は京都の清明神社を彷彿とさせますね。


由緒です。

 

黄幡大明神とは?

インド占星術が扱う9つの天体を神格化した九曜と呼ばれる神の中のひとつ、羅睺(ら

ごう)を祀ったもので集落の境や村の中心、村中と村外の境界や道の辻、三叉路などに

おもに石碑の形態で祀られている神・・・

なんだか道祖神のようですが、もともとは、インド神話に登場するラーフという蛇神な

んだそうです。

広島市とその周辺地域では、その〝黄幡〟という神が信仰されていたらしく、庶民には

〝おんばさん〟という愛称で親しまれていた。

広島市安佐南区には、現在も黄幡神社が多数存在していますが明治時代の神仏分離によ

って外来の神を神社に祀ることが禁止されたせいなのか?

祭神は別の神に変えられているようですね・・・

 

境内社・・稲荷神社、御祭神は、宇迦之御魂大神

 

こちらの神社、本来の御祭神はどちらの神様なんでしょう?

 

獅子と呼ぶべきか・・・いやライオンもおられました。



本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 131話 ―

― 鶴羽根神社  ―

     つるはねじんじゃ

 

2022年5月10日 10:00 御参拝

広島県広島市東区二葉

御祭神  品陀和気命 ほむだわけのみこと・・第15代天皇 応神天皇

     息長帯日売命 おきながたらしひめのみこと・・第14代皇后 神功皇后

     帯中津日子命 たらしなかつひこのみこと・・第14代天皇 仲哀天皇

     伊邪那岐命 いざなぎのみこと

     伊邪那美命 いざなみのみこと

 

〝鶴羽根神社〟という名前が美しく思え訪れたのですが、行ってみると武運の神である

八幡神をお祀りする神社でありました。

広島東部の総氏神だそうです・・・

 

鳥居の向こうに見える太鼓橋が、神域との境界を感じさせてくれます。

 

手水舎。

 

この手水舎には、こんな由来がありました。

手水舎だけでなく、石鳥居・石ノ太鼓橋・唐獅子・石灯篭も当時のままの残っていると

のこと・・・唐獅子とは狛犬様のことでしょうか?

 

狛犬様。

 

 

最後の鳥居は、新しく建てられたもののように見えました。

 

平安時代末期の武将 源頼政の側室である、菖蒲の前(あやめのまえ)の遺志によって

創建された神社だそうです。

当初は椎木八幡宮と称されていたようですが、明治元年に神社背裏の山形が鶴の羽根を

広げた姿に似ているところから社名を、鶴羽根八幡宮と改め、同5年に鶴羽根神社と改

称されました。

 

拝殿です。

 

二礼二拍手一拝にて御参拝・・・

 

鶴羽根神社背後の二葉山には、二葉山山麓七福神巡りという神社仏閣を巡る御参りがあ

り、ここ鶴羽根神社は七福神である弁財天を境内にお祀りしています。

鳥居をくぐるとすぐに太鼓橋があったのは、ひょとして弁財天をお祀りされていること

と何か関係があるのかも?

 

そして、椎木稲荷神社・・・創建は遠く不詳ですが朝櫻神社と称していた境内社と、地

主神を併せ祀られております。

 

 

鶴羽根神社創建の遺志を残した菖蒲の前(あやめのまえ)とは源頼政の側室であり、そ

して源頼政とは、平家物語のなかで鵺(ぬえ)と呼ばれる怪物を退治したとされる武将

です。

源平合戦の中に生きた菖蒲の前は尼僧となり名を西妙と改め、弔いの日々を過ごしてお

りましたが、ある時死期を予感した西妙は辞世の歌を詠まれました。

〝定めなき 世をうき事に 見かぎりて 菩提の道に 入るぞ嬉しき〟

〝すみはてぬ 世を秋風の 身となれば 消ゆる間をまつ 山かげの霜〟

・・・私にはなんとも悲しい歌に思えました。

 

菖蒲の前はお亡くなりになった後に、小倉大明神として祀られることになり、現在も小

倉神社として祀られているようです。

 

御朱印を頂こうと社務所に行くと人がおらず、一度はあきらめたのですが数時間後に再

来し無事御朱印を頂くことができました。

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 130話 ―

― 千畳閣  ―

    せんじょうかく

 

2022年5月9日 12:30 御参拝

広島県廿日市市宮島町

主祭神  豊臣秀吉霊神

     加藤清正霊神

 

千畳閣とは厳島神社末社である豊国神社の通称であり、本殿の広さが畳857枚分の広

さがあることから〝千畳閣〟と呼ばれるようになったそうです。

天正15年(1587年)に豊臣秀吉公が安国寺恵瓊に命じて建立した本瓦葺き入母屋

造りの大経堂なんですが、建設途中に秀吉公が亡くなったため工事が中断され、板壁も

天井もなく未完成の状態のままとなっています。

もともとは〝寺〟としての意味合いが深く、数々の仏像をお祀りしていましたが明治時

代の神仏分離によってお祀りされていた仏像は、先程お詣りした大願寺へと移されまし

た。

 

こちらが秀吉公をお祀りしている本殿です・・・

未完成ではあるのでしょうが、これはこれで見応えはありました。

近くに寄ってみると、特大のしゃもじ?が本殿の左右にたくさん立て掛けられていま

す。

宮島はその昔、日本一の木製しゃもじの産地だったそうです。

そして・・・しゃもじとは〝飯をとる〟つまり〝敵を召し取る〟との語呂合わせなのか

日清戦争日露戦争時代にしゃもじを奉納し戦地へ向かった多くの兵士がおられたそう

です。

そのしゃもじの奉納のやり方とは、兵士が柱にしゃもじを打ち付けて出征して行ったよ

うで千畳閣の柱は傷だらけとなっておりました。

 

広い本殿内には数々の額や彫物が奉納されております。

なにやら恐ろしい面と、白馬を二人の男が捕えている絵でしょうか?

伊・・島大明神?  いつくしまだいみょうじん?

とんでもなく大きなしゃもじに描かれた〝龍〟・・・


本殿から出ると、厳島神社五重塔がそびえ立っていました。

 

実は御朱印を頂いた時に、神職の方から主祭神豊臣秀吉公であると初めて聞いたので

すが、戦国時代に名を残した武将が神様と崇められていることに何故か違和感を感じて

しまうのでした。

 

金刀比羅神社にも御参拝させていただきました。

 

こちらは、三翁神社です。

 

 

最後に、猿田彦大神をお祀りする道祖神社にお詣りさせていただき宮島を後にします。

 


本来ならば、霊峰である〝弥山〟に登って初めて厳島神社にお詣りしたと言えるのだと

思うのですが、今回は残念ながら弥山へ登らずに宮島を去ります・・・

 

この後は、広島平和記念資料館に行き・・・

 

 

そして神社ではなく、この場所で手を合わせました。

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 129話 ―

― 亀居山放光院大願寺 ―

 ききょざんほうこういんだいがんじ

 

2022年5月9日 11:00 御参拝

広島県廿日市市宮島町

主尊  厳島弁財天 いつくしまべんざいてん

・・・御本尊は薬師如来または釈迦如来

 

厳島神社の境内から出るとすぐに見えたのは、大願寺という寺院でした。

高野山真言宗の寺院で、寺伝によれば平安時代初期に空海によって開かれたと伝えられ

ており、その後鎌倉時代初期に了海という僧によって再興されたよう・・・

 

こちらがすぐに見えてくる山門。

 

神社では阿吽の狛犬様ですが、こちらは阿吽の金剛力士像。

 

江ノ島の金亀山与願寺、竹生島宝厳寺、そしてこの宮島の大願寺が日本三大弁財天と

呼ばれている寺院であります。

 

本堂には神仏分離令によって厳島神社から遷された八臂弁才天象が秘仏としてお祀りさ

れており、毎年6月17日に御開帳されているようです。

 

ヒンドゥー教水の女神〝サラスヴァティ〟が七福神の弁財天として仏教伝来時に日本

へやってきました。

そして何故かはわかりませんが、市杵島姫命神仏習合において弁財天と同一視されて

いるようですね、または宇賀神とも・・・

 

護摩堂・・総白檀の1丈6尺(約4.85m)の不動明王がお祀りされております。

 

こちらは、厳島龍神をお祀りしております。

 

こちらの地蔵菩薩に囲まれている仏様はなんておっしゃる仏様なのでしょう?

 

大願寺を後にして次に向かったのは、厳島神社ととても縁の深い〝平清盛〟をお祀りし

ている清盛神社です。

 

1954年に創建された神社なので、あまり知られていないのかも知れません・・・

 

 

源平合戦の悲しさを思い起こし、平清盛公に手を合わせました。

 

もう少し、宮島の散策は続きます・・・

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 128話 ―

― 厳島神社 ―

  いつくしまじんじゃ

 

2022年5月9日 10:30 御参拝

広島県廿日市市宮島町

 

御祭神 市杵島姫命 いちきしまひめのみこと

    田心姫命 たごりひめのみこと

    湍津姫命 たぎつひめのみこと

 

ずっと昔、物心がつく前にここに来た記憶がうっすらとこの脳裏に残っています。

その記憶とは、海に浮かぶ赤い鳥居と回廊・・・

でも今になって、親兄弟に聞いてみたところ宮島には行った記憶がないらしく私の思い

過ごしではないかと言われてしまいました。

あれは夢だったのか?それともテレビか何かを見て行ったつもりになっていたのか?

さてさて、どうなんでしょうね。

 

広島港から高速艇に乗り宮島までやってきました。最初に御対面した狛犬様は、獅子と

一角獣。

 

最初の鳥居をくぐると、ゆっくりと気だるい感じで鹿がやってきましたが、人に慣れて

いるのでしょう、至近距離でありながら私の存在に気が付かないかのように通り過ぎて

いきました。

 

次に現れた狛犬様、玉乗り狛犬と呼ぶらしい・・

 

 

ずっと横目に見えていたのですが、これが厳島神社の象徴ともいえる大鳥居です。

令和元年からの改修工事中・・・

今しか見ることの出来ない工事中の風景なのですが、やはりあの大きな赤い鳥居が見た

かったと素直に思うのでした。

年内に足場を外せるらしいので、来年には蘇った大鳥居を観ることができるのでしょ

う。

 

御由緒です。

天照大御神須佐之男命の誓約により生まれた神々をそれぞれお祀りされています。

 

ここから先は有料でした。

拝観料を払い先に進みます。

 

こちらも改修工事中・・・

祓串にて御祓いさせていただきます。

 

始めに現れたのは客神社(まろうどじんじゃ)、須佐之男命が天照大御神との誓約によ

って生み出した五柱の男神をお祀りしています。

 

立派な拝殿ですね・・・

 

先に進みます・・・厳島神社ならではの赤い回廊。

 


迫力が半端ではない御本社の狛犬様。

こちらも吽の狛犬様にも角があります。

 

手前に見えるのは高舞台、舞楽の奉納などが行われます。

そして、祓殿・拝殿・幣殿・本殿の順となっており、海域部分に建つ建物のすべての屋

根は檜茅葺です。

 

 

拝殿です。

 

高舞台前から後ろを振り返ると、こんな感じです。

 

そして右には、右楽房があり御門の神様であり、天石門別神であるとも言われておりま

す櫛磐窓神をお祀りしており・・・

左には、左楽房があり豊磐窓神をお祀りしております。

 

拝殿にて御参拝をすませ回廊を先に進むと、数々の酒樽と醤油が奉納されておりまし

た。

すべてを調べたわけではないのですが、醤油以外これすべて広島産の日本酒だと思いま

す。

 

次は大国主命をお祀りする、大国神社で大国主命保食神をお祀りしております。

次は天神社、御祭神はもちろん菅原道真公。

天神社から先へ進むと、右手に見えてきたのが能舞台

さらに進むと反橋が左手に見えてきます。

 

冊があるため渡れないのですが、橋自体がかなりの傾斜であり冊がなくても私は渡ろう

としないでしょう・・・

こんな感じです。

 

 

この反橋を最後に厳島神社の境内を出ることになります、宮島にはまだまだ見所がある

のですが長くなりましたので続きは次回へ・・・

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 127話 ―

― 白神社 ―

      しらかみしゃ

 

2022年5月9日 8:40 御参拝

広島県広島市中区中町

 

主祭神 菊理媛神 くくりひめのかみ

    伊弉諾尊 いざなぎのみこと

    伊弉冉尊 いざなみのみこと

 

相殿には天御中主尊高皇産霊尊神皇産霊尊天照大神、をお祀りしています。

 

5月8日に呉市の亀山神社に御参拝した後、呉市海事歴史科学館(愛称:大和ミュージ

アム)そして海上自衛隊呉資料館(愛称:てつのくじら館)を見学・・・

 

全長26.3mもある、1/10スケールで再現した戦艦大和です。

 



そして本物の潜水艦と護衛艦を、間近で見られる〝アレイからすこじま〟という公園で

海に浮かぶ本物とご対面。

ずらっと並んだ潜水艦になんともいえぬ迫力を感じました。

アレイからすこじま〟で潜水艦を見学し終わったのが午後3時過ぎ、まだ時間もある

のでもう少し知らない土地を散策してみようかと思ったのですが、明日も適当に時間が

あるし?思ったより疲れたし?

というわけで、宿泊予定のホテルへ向かいます。

ホテルは広島市中区大手町のホテルで、呉からは40分くらいで到着したように憶えて

います。

やっとホテルでゆっくりしビール片手に至福の時を味わいながら、窓から広島の街並み

を見下ろすと交差点の向うに何やら立派な神社があるではないですか!

調べてみると、白神社と書いて〝しらかみしゃ〟と呼ばれる神社が鎮座されておりま

した。

 

翌朝、御参拝させて頂きました・・・

鳥居前の狛犬様です。

 

手水舎には水は流れておりませんでした。

鳥居をくぐり、拝殿前の狛犬様。

獅子と・・・

一角獣・・・ですね。

もともと日本には生息していない獅子と架空の生き物であるユニコーンが、日本古来の

神社に存在しているのはどう考えても不思議ですね・・・

 

主祭神菊理媛神なので、全国白山神社総本宮である加賀一宮白山比咩神社から白を

神社名に取り込んだのかと思いきや御由緒によりますと、白神社のある中町一帯がまだ

海であった頃、現在神社のある地点は海面から突き出た岩礁でした。そこに衝突する船

が後を絶たないので、当時の船人により岩礁上に白い紙がたてられ、海難事故防止の役

目を果たしていた。やがてこの岩礁は三角州の発達や干拓工事などにより徐々に地上に

露出しはじめ、海難事後は少なくなっていくのですが船の安全運航に貢献した白い紙に

代わる守り神の象徴として祠が建てられました。

祠は白紙と呼ばれていたらしく、それが神社の御神名である白神社に繋がっているとの

こと・・・

 

・・・どこから菊理媛神はやって来たのでしょうか?

 

拝殿にて御参拝をすると、宮司様が突然現れて、大幣にて御祓い?をしていただきまし

た。

普通にお詣りして、御祓いしていただけたのは初めてです・・・

拝殿内の画像は、正中から撮ってはいけないと宮司様に教えていただき斜め前から撮ら

せていただきました。

境内社・・・常磐稲生神社

狛狐様ではなかったです・・・

これまで、菊理媛神が御祭神である神社に御参拝したのは3社です。

白山比咩神社・若宮白山神社・・・そして芦屋神社の境内社・・・

いずれも御参拝した後の感覚は同じなんですね。

突き放された厳しさというか? 手を合わせても菊理媛神はそこにいない? といいま

すか?

勝手な私感なので、今はどうでもいいですね・・・

yatutama.hatenablog.com

 

 

yatutama.hatenablog.com

 

御神木でしょうか?

 

この後は、念願の〝厳島神社〟へと向かいます。

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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― アワヒメを追って 126話 ―

― 亀山神社 ―

   かめやまじんじゃ

 

2022年5月8日 11:30 御参拝

広島県呉市清水

 

主祭神 品陀和気命 ほむだわけのみこと・・・応神天皇

    帯中日子命 たらしなかつひこのみこと・・・仲哀天皇

    息長帯日売命 おきながたらしひめのみこと・・・神功皇后

 

1300年あまりの歴史を持つ神社であり、八幡神をお祀りする旧呉市の総氏神とのい

われのある神社です。

 

ゴールデンウィーク最終日に、神戸から約4時間程車を運転したどり着きました!

 

一の鳥居。

二の鳥居になります。

三の鳥居が見えてきましたね、そして階段の両脇にはうっかりしていると見過ごしてし

まいそうな狛犬様が居られました。

その狛犬様。

かわいいと言っていいのでしょうか?

拝殿が正面に見えるこの鳥居の前に立つと、身が引き締まります。

この鳥居をくぐった両脇に狛犬様が居られました。

この狛犬様の前にある台座である猫足は、昭和二十年の呉空襲において被害にあったも

ののようです。

 

 

手水舎。

参道を進むと、また違った狛犬様がおられます。

 

 

どんな邪気も入ってくるのを許さないと言わんばかりに またもや狛犬様の登場です。

 

 

ここまで歩き振り返ってみると、広々とした境内が清々しくて眩しかったです。

そして正面に拝殿です。

 

御賽銭箱の神紋は、輪違い紋・・・日月の紋。

 

本殿です。

御由緒・・・

豊前国宇佐(大分県宇佐市)に鎮座していた八幡神が、豊後国姫島(大分県北東部国東

半島沖に浮かぶ島)から、安芸国栃原村甲手山(広島県呉市神山)を経て大宝3年(7

03年)8月15日に宮原村亀山(広島県呉市の入船山公園)に遷座したのに始まる。

一般には〝八幡様〟と呼ばれていたのですが、皇城宮・大屋比売神社・大帯比売神社・

比売志麻神社・鈴音宮などとも呼ばれていたようです。

明治19年(1886年)、亀山に呉鎮守府を開設するのに伴い現在地に遷座されまし

た。

 

どうも本当の御祭神は、姫神のようですね・・・

 

左が三宝荒神遙拝所。そして右が明治神宮遙拝所と…神宮遙拝所です。

木の葉で見えないのですが、伊勢神宮でしょうか?

 

 

久し振りの遠出、広島県で最初の神社御参拝でした。

 

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました!

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