— 吉野神宮 ―
よしのじんぐう
2024年6月3日 10:30 御参拝
明治22年 明治天皇により創建された神社であります。


天気にも恵まれた御参拝となり、鳥居の向こうには解放感を感じさせる青空がひろがっ
ていました。

鳥居前の狛犬様なんですが、向って右の狛犬様は空に向かっておられました。

こちらの狛犬様はどこを見ておられるのでしょう。

手水舎で身を浄めました。

なんとも涼しげであります。

大鳥居から神門へと向かう途中、抜けるような青空を狛犬様と同じように仰ぎ見るので
した。


神門で一礼、拝殿へと向かいます。

拝殿にて御祭神であられる後醍醐天皇へ手を合わせました。
武士政権から天皇中心の政治を取り戻すために鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇はその後、
鎌倉幕府滅亡に足並みをそろえた足利尊氏と政治的な思惑や価値観の違いからか対立す
ることになり争います。
結局湊川の戦いで敗れた後醍醐天皇はこの吉野の地に逃れて南朝を開きましたが、その
想いはかなうことなく1339年に崩御となるのです。
明治時代になると政府は南朝を〝正統〟と認め吉野神宮が創建されたようです。

こちらは幣殿。
よく見ると本殿の鰹木と千木が幣殿の屋根上に見えていますね。
後醍醐天皇の想いを示すかのように、吉野神宮の本殿は京都の方角北向きとなっており
ます。

摂社です。

南朝の忠臣がお祀りされているようです。

手水舎の水の上に浮かんでいました〝折鶴〟がこちらでは宙に浮かんでいます。

厄を落とせる〝厄割玉〟が拝殿の授与所に用意されていたようです。

後戻りするまでもないか…と。

何故か〝吉野〟 〝南朝〟 という響きに誘われ御参拝させていただきました。

後醍醐天皇の最後の言葉
〝玉骨は縦令南山の苔に埋まるとも、魂魄は常に北闢の天を望まんと思ふ〟
次は南朝皇居へと向かいます…

最後までお付き合いいただきありがとうございました!